ハイデガー研究会編オンラインジャーナル『Zuspiel』第1号(2017年)刊行のお知らせ

ハイデガー研究会編オンラインジャーナル『Zuspiel(ツーシュピール)』第1号(2017年)を本日刊行いたしました。

2017/11/25(土)青山学院大学で開催された「『存在と時間』刊行90周年記念シンポジウム」での開会記念講演・一般発表・ワークショップ・シンポジウムの論考全19本を収録しています。

ジャーナルタイトルのZuspielは、ドイツ語で「(球技における)パス、送球」を意味しますが、これをハイデガーは『哲学への寄与』で伝統的形而上学との間での応酬(投げ渡し=投げ合い=投げ送り=遣り投げ)といった意味をもつ術語として使用しています。これにならい、ハイデガーならびに哲学をめぐる世代間の活発な議論の応酬の場として、本ジャーナルを『Zuspiel』と命名した次第です。
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Heidegger Gesellschaft Tokio (Hrsg.) Zuspiel, Bd. 1, 2017.
ハイデガー研究会編『Zuspiel』第1号、2017年

目次
開会記念講演
森一郎「『存在と時間』はどう書き継がれるべきか」(1-13)

一般研究発表
高井寛「私たちは自分が何をしているかを知らない」(14-29)
鈴木優花「本来的に話すこと――不安の惹起をめぐって」(30-42)
安田悠介「歴史の時間と自然の時間――『存在と時間』の時間論について」(43-54)
瀧将之「なぜ「私たちは真理を前提せざるをえない」のか?」(55-69)
木村史人「現代技術は不安を惹起するのか――『存在と時間』における技術論の射程」(70-88)
山中健義「ロムバッハの構造存在論における「現象」と「存在」の問題――ロムバッハの前期ハイデッガー解釈に関する一考察」(89-100)
​小村優太「ハイデガーによる真理論の系譜の再検討――アヴィセンナからイサク・イスラエリに遡ることは可能か」(101-109)
戸谷洋志「反ハイデガー的転回のあとで――ヨナスにおけるヒトクローニングへの実存主義的批判」(110-119)
大江倫子「『存在と時間』の彼方へ――デリダ『ハイデガー』講義の視点から」(120-134)

​ワークショップ1「ソルゲ(気遣い・憂愁・ケア)」としての現存在のありかたをめぐって
古荘真敬「「ゾルゲ(気遣い・憂愁・ケア)」としての現存在のあり方をめぐって」(135-144)
丹木博一「Sorge概念の射程と限界」(145-157)
川口茂雄「「まだ憂いをご存じなかったのですか?」―――『存在と時間』197頁の脚注が、私たちに示唆するもの」(158-166)​

ワークショップ2「意味・解釈・翻訳」をめぐって
西山達也「示されているものへと向かう存在」(167-177)
森田團「罪のしるしとしての現存在――『存在と時間』における言語の根拠への問い」(178-191)

シンポジウム
高田珠樹「『存在と時間』――もう一つの筋書き」(192-198)
相楽勉「「自然に関わる感情」の観点から『存在と時間』を読む」(199-204)
加藤恵介「デリダの「ハイデガー講義」について」(205-213)
​齋藤元紀「気遣いえぬもの」(214-225)

どうぞご一読下さい。

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by HeideggerAT | 2017-12-26 17:27
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