ハイデガー研究会2017年1月例会報告

 2017年1月29日(日)に立正大学品川キャンパス311教室で行われたハイデガー研究会1月例会には、学部生にも参加していただけるなど、盛会となりました。その模様をご報告いたします。
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 「黒ノート」(金成祐人氏訳)検討会では、ÜberlegungenⅥの11から19までが、木村史人氏によって検討されました。この箇所で主にハイデガーは、政治的なものと支配や奉仕との関係、近代の学問が「成果」や「名声」を求めることや、歴史の没落と作為機構や中国主義の関係を史学は見て取らないこと、存在の震えとしての時間性などなどについて言及していました。「政治的意志」が肯定的に用いられているのか、否定的に用いられているのかという点や、また「中国主義」とは何か(シェペングラーがこのような言い方をしているとのことです)などが、特に議論となりました。
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 続いて、フィガールの論文「アリストテレス主義者としてのハイデガー」(串田純一氏訳)の後半部分(3と4)が検討されました。フィガールは3.でまず、ハイデガーがアリストテレスへと向かうことによって、「存在とは何を言うのか」という問いの手がかりを見いだしことを、その「実践的真理」を強調しながら、『存在と時間』における基礎存在論の構想などとの関係で指摘しています。4.では、まず1935年講義『形而上学入門』でのピュシス概念が、ナトルプ報告や1931/32年講義『真理の本質について』などとの連関を解きほぐしながら取り上げられ、「自分自身から生い育つもの」としてのビュシスへの着目によって、存在者の存在の現象性格が現存在からではなく、自分自身からの生起、運動として捉えられるようになることが裏付けられました。さらに、「ピュシスの本質と概念について」(1939年)における『自然学』β巻第一章の解釈に主題的に言及することで、「ギリシア人たちの偉大な原初および西洋哲学の第一の原初の残響」であるとともに「「自然」のその後のあらゆる本質的語義を担い導くピュシス解釈」の原点でもあるという、アリストテレスの哲学のヤヌス的性格が指摘されました。本論考全体を通じて、アリストテレスの存在論へと接近し、「存在そのもの」(オン・ヘー・オン)への問いを現象学的に再定式化したという意味で、ハイデガーが「アリストテレス主義者」あることを、フィガールは時代毎に具に追跡していたといえます。言い換えれば、存在を「現れ(Erscheinung)」として見出す存在論的現象学の「最初の元初」がアリストテレスであり、「アリストテレス主義者」としてのハイデガーはその「第二の元初」として鏡像的に対応していることが示されました。 
 プログラムの休憩時間には、2017年度ハイデガー研究会年次計画について議論され、翻訳書の刊行スケジュールや、『存在と時間』刊行90周年を飾る企画について、提案、検討が行われました。
 次回ハイデガー研究会例会は、3月5日、3月26日に開催予定です。ぜひご参集ください。

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by HeideggerAT | 2017-02-15 10:13
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