ハイデガー研究会2016年12月例会報告

 2016年12月18日(日)に立正大学品川キャンパス311教室で行われたハイデガー研究会12月例会の模様をご報告いたします。
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 「黒ノート」(金成氏訳)検討会では、ÜberlegungenⅥの11から19までが、渡辺和典氏によって検討されました。この箇所で主にハイデガーが言及しているのは、第一の原初とその進展としての存在忘却(ニヒリズム)から、いかにして別の原初への移行が生起するのかという問題であり、このことが、現代における技術の支配と存在棄却との関連や、ヘルダーリンの詩作の役割、神々の逃走といった諸テーマから照明されていました。
 続いて、ハイデガーにおける独特の翻訳概念の使用と、それを用いざるをえなかった存在の経験の言い難さについて考察した、フィガールの論文「存在の経験と翻訳」(木村史人氏訳)検討会が行われました。同論文でフィガールは、翻訳とは単に外国語を自国語へ、自国語を外国語へと移し置く(übersetzen)ことではなく、むしろ自国語でテキストを読む際にも翻訳は行われているのであり、その際異他的なものへの「移し置き」と固有なものへの「こちらへの移し置き」とが共働し、その働きのなかにこそ「存在」が見出されることを指摘しました。

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 最後にフィガールの論文「アリストテレス主義者としてのハイデガー」(串田純一氏訳)の前半部分(1と2)が検討されました。同論文でフィガールは、ハイデガーのアリストテレスとの関わりを、彼の思想の黎明期から丹念に追跡し、特に1920年に入って後のアリストテレスへの急激な傾倒に着目しています。「生と歴史」の問題へと入っていくための「範例」として、当初は原始キリスト教的生が考えられていましたが、そこへと入っていくことの困難さのために、同じ時間的構造を持つ実践的理性(プロネーシス)が、その位置を占めるようになったことが指摘されました。
 次回、新年最初のハイデガー研究会1月例会では、論文「アリストテレス主義者としてのハイデガー」の後半部分が検討される予定です。ご関心のある方は、ぜひご参集ください。

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by HeideggerAT | 2016-12-25 13:56
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